百・花・音・乱

花・文化・アート

フラワーデザインってものを別の角度から見てみようとふと思い、独り言を述べてみます。

フラワーデザインが何の為にあるだとか、どういう意味だとかはそんなことは置いておきましょう。
だって花を活ける習慣なんて紀元前からあるし、花を愛でる気持ちは今も過去も変わらないことだろうから。死者を弔ったり、花や実に神が宿ってて、特別な意味がそこにあったから。

私が言いたいのは、何故フラワーデザインってアートの部類に属しているのかってことです。
そりゃぁ見たまんまデザインだし、アート的だから・・・
確かに・・・。
でも絵画や建築や音楽みたいに歴史的に有名なフラワーアーティストを3人挙げれますか?
さすがに無理です。
なんででしょう?
それは単純に形に残らないから。彫刻みたいにそのままの形で地面から発掘されて美術館に展示されるものではないんです。

その瞬間だけ美しいというだけでは世の中芸術として納得しません・・・。
でも人はその瞬間を五感全てを使い感動します。
それは紛れもなくアートであってデザイン力の成せるものそのものです。
じゃぁ結局アートなんじゃん。

まぁまぁ・・・ここでアートについてのテーゼを詳しく述べる訳にはいきませんが、つまりは美しい花を愛でる思いがより強くなり、より造形化された結果が現在のフラワーデザインとして定着したのでしょう。当然そこにはデザインの概念というものが組み込まれ形式化していきますが・・・

ここで大事なこと!!
フラワーデザインが他のアートと違う点は、誰もがしようとすれば日常ごく当たり前のように花を飾ることが出来ることです。ちょっと散歩に行けばいいだけです。
道端の花を摘んで花瓶に活ける。それだけ。
面倒な画材や金槌や図面や物差しはいっさい無し。

・・・広告の裏に絵を描くのだっていつでも誰でも出来るやん?と思うかもしれないけど、それで子供から老人までの全ての人の心を感動できますか?そもそも話は紀元前からルネサンス期、そして現在に至るまでの長い歴史の中でのことです。

花は一輪あると心が和みます。その長い歴史の中でいつの間にかアートとして定義されてしまった奥底に、花文化がしっかりと根を張っているんだと思います。

花はいつの時代も文化として受け入られて来ました。
デザイン・アートであって文化そのもの。
それ故評価されることも現在まで少なかったのでしょう。
料理と近い部類かもしれませんね。

近すぎて見えなかったもの。
きっと気付いてないだけでいっぱいありそうな・・・
デザインと呼ぶには恥ずかしいくらいのものでも美しいと共感するものがあれば立派な文化アートなのだから。
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by hana-kanon | 2008-05-30 20:04 | その他
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